補聴器と声の小さな男

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とうとう耐えきれなくなって、女は男に向かって言った。

 

「あなた、声が小さすぎるのよ!」

 

「え?」 

 

カフェにいた全員が驚いてこちらを見ていたが、女は気にしなかった。

 

もうガマンの限界だったのだ。

 

「もっと男らしく大きな声で喋ったらどうなの? ホントにイライラするわ!」

 

男は唖然としていたが、やがて、悲しそうな顔で伏目がちに答えた。

 

「でもこれは子供の頃からのクセで、なかなか治せるものでもないし、だから・・・」

 

「何よ?」

 

「もしもだよ、もしも君が、僕と会う時に補聴器のようなものをつけてくれたりしたら、僕はとっても助かるんだけど」

 

それを聞いた女の額に見る見る青筋が立った。

 

「補聴器をつけろですって? 本気で言ってる? 何で私があなたのためにそこまでしなきゃいけないの? バカにしないでよ!」

 

「バカにしているわけじゃない、ただの提案だよ」

 

「何がただの提案よ! そんなみっともないこと、できる訳ないじゃない!」

 

すると、男は急に押し黙った。

 

「・・・」

 

「何よ」

 

「君には、僕との関係よりも、補聴器を付けたくないということの方が、ずっと大事なんだね」

 

小さな声でそう呟く男の言葉に、不思議と恨みがましい感じはしなかった。

 

ただ、とても淋しげだった。

 

それを聞いて女はハッとした。

 

何かとても大切なことを言われたような気がしたからだが、それが何かはわからなかった。

 

急に恐ろしくなって居ても立ってもいられなくなった女は、立ち上がってカフェを飛び出した。

 

慌てて後を追ってきた男が、珍しく大きな声を出しながら、背後で何か言っているのが聞こえた。

 

だが、女は決して振り返らずに、通りへ出てタクシーを呼び止めると、まるで逃げ帰るようにして自宅のマンションへと車を急がせた。

 

やがて、自分で自宅の玄関扉を後ろ手に閉める大きな音がして、ようやく女は我に返った。

 

そして、ゆっくりと息を吐き出し、言った。

 

「まただわ、また同じ」

 

思えばいつもそうだった。

 

『食べ方が汚いから』『笑顔が下品だから』『口が臭いから』『私服がダサいから』『ハゲているから』『貧乏揺すりをするから』『イビキがうるさいから」『趣味がまるで合わないから』・・・

 

理由はいろいろだったが、せっかく出会った男たちと何度かデートを重ね、やっとうまく行きはじめたと思ったその矢先に、決まっていつもどうしても些細なことが気になってしまい、女は自分でその関係から逃げ出してしまうのだった。

 

その結果、気づいてみれば、女はいつも独りだった。

 

声の小さな男の素朴で優しそうな笑顔が、ふと脳裏をよぎる。

 

「わかってるわよ! 私だって、もう一人ぼっちは嫌!」

 

誰に言うともなくそう叫ぶと、女はその場で泣き崩れた。

 

翌日・・・

 

あのカフェの近くの公園へと、女は男を呼び出していた。

 

突然かかってきた電話に驚いて、しどろもどろで何か言いかけようとする男の言葉を遮るように、女はとにかくもう一度会いたいとだけ告げて勝手に電話を切ったのだった。

 

今、無言のままベンチで隣り合わせて座った二人の間には、以前にはなかった微妙な空間ができている。

 

いつにも増しておどおどしている男に向かって、女はこみ上げて来る恥ずかしさと悔しさで顔を真っ赤にしながらも、ついに言った。

 

「言うとおりにしたわよ! これでご満足?」

 

これみよがしに横顔を見せる彼女の耳には、小さな補聴器が付けられていた。

 

「・・・」

 

男は心底、驚いたようだったが、しばらく何も言わなかった。

 

「ちょっと、何か言ってよ!」

 

その時、女の耳に、昨日買ったばかりの補聴器を通して、囁くような小さくて優しい男の声がそっと滑り込んできた。

 

「ありがとう」

 

男の目は、心なしか涙ぐんでいるようだった。

 

その澄んだ瞳の向こう側に、女は、これまで些細な理由で自分が拒絶してきてしまった全ての男たちの顔を見たような気がした。

 

全員が彼女に向かって笑顔で言っている。

 

『ありがとう!』

 

何かとてつもなく巨大で冷たく硬い氷山のようなものが、女の中で、音を立てて一気に崩れ落ちていくような気がした。

 

それは、いつの間にか女と世界とを隔てていた、心の中の見えない壁だった。

 

その壁が、誰といてもどこにいても、女をいつも孤独で惨めで不自由な存在にしていたのだ。

 

「いいえ、こっちこそ、ありがとう」

 

そう言って、いつしか、女も泣いていた。

 

理由はわからなかったが、今、ただ自分と一緒にいてくれる目の前のその男に伝えたかった。

 

『愛と犠牲は違う』

 

いつか誰かがそう言っていた言葉の意味を、女は少しだけわかったような気がした。

 

「あのね、僕も今度からボイストレーニングに通い始めるつもりでいるんだ。これ以上、君に無駄なストレスを感じてほしくないし、それに・・・」

 

女は、男に最後まで言わせなかった。

 

急に顔を近づけると、強引に自分の唇で男の唇を塞いだ。

 

男の腕が最初は遠慮がちに、やがてゆっくりと力強く女の背中に回されるのを感じた時、ようやく女は、もう自分が一人ではないことを知った。

 

彼女はもう、自由だった。

 

 

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コメント

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  • コメント (1)
    • リー
    • 2018年 3月 16日

    こんにちは♪いつも有り難うございます

    毎週金曜夜の動画配信を楽しみにしています♪…と言ってもYouTubeでコメントしながら参加する方法が解らない間は専ら黙って観てるか(笑)録画参加です。

    こちらに初めてコメントさせて頂いた折、完全版を購入する旨も書かせて頂きましたが結局…有料動画とお蔵入り全て購入させて頂きました〜♪(笑)

    少し(?)傲慢な物言いに成りますが…ヨシツグさんは先行くひと…どころか上行くひと…と感じながら、眼から鱗や涙…色々落ち…アちなみに購入後のメールは全て滞りなくソッコー届きました♪(笑)のでご安心を☆

    その…有料動画の所からでもヒッソリ質問したかった事ですが…こちらの記事を読み…私にも有るナ…自分が否定され育ってきた癖が、まだまだ抜けきれないのかナ…とか思いました。

    私は嫌いなひとが居ないなどとは思いませんが、(依存していた頃の昔はスグ「大好き」と成り、それ以外のひとは「嫌い」ではなく「無関心」だった為、当時はその感覚を嫌いなひとが居ないなどと誤解していました)今ではむしろ、私には好きなひとが誰も居ない…と感じる為、こちらの記事も参考に成ります汗

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